調査研究結果

メンタルヘルス対策支援センター訪問支援利用事業場の支援後の取組み

はじめに

メンタルヘルス対策支援センター(以下、支援センター)は当推進センターに2008年に併設され、事業場への訪問による支援活動が行われてきた。しかし、支援等利用後の取組み等の状況については、2008年度末に労働者健康福祉機構本部による様式で実施した調査で一部の情報を得たのみで、実態を把握していない。
そこで、支援を利用した事業場への訪問聞き取り調査により、支援後のメンタルヘルス対策の取組み状況を把握し、支援活動の評価資料としたいと考えた。併せて、支援時の事業場の衛生管理体制の特徴やメンタルヘルス不調者の経験、また、支援内容等との関連を検討することにより、支援対象事業場の状況に即した支援のあり方について考察することを目標とした。

調査対象・方法及び回収状況

調査対象及び調査方法

調査対象は、2008、2009両年度に支援センターの事業場訪問支援を利用した事業所のうちの35例とした。支援時、支店やグループ企業など複数の事業場での対応について支援を行った例もあったが、今回は調査対象者(以下、面談者)が複数の事業場に関わっている場合は主な事業場について聴取した。
面談者は、支援時と同一の担当者等を原則とし、代わっている場合はその後任者に回答を依頼した。聞き取りは、支援時の促進員とは別の調査員1名が全事業場を担当した。
訪問聞き取りは、2010年11月~2011年1月に実施した。訪問に先立って電話連絡で了解を得た上で訪問し、研究目的を記した文書(資料1)を提示し、同意書(資料2)へのサインを得たうえで聞き取りを行った。
聞き取りに当たっては、あらかじめ質問項目(資料3)を設定したが、インタビューの流れの中で十分確認できなかった項目、また、調査員が面談者の応答等から判断して記入した事項もある。

回収状況及び考察手順

回収状況

インタビューは電話連絡で了承が得られない、あるいは日程が調整できなかった4事業場を除く31事業場で実施した。このうち、以下の4事業場を除き、27事業場(対象の77.1%)を考察対象とした。

  • 支援時、対策の基本的事項が「良好」であり、交代直後の担当者への助言が主であった。
  • 面接調査は行ったが、調査研究資料とすることへの同意が得られなかった
  • 支援利用の主目的が保健師への研修であった
  • 2つのセクションに別個に支援しており、1セクションしか訪問面接ができず、事業場全般の状況の把握が不十分であった

考察対象とした27事業場の業種は、製造業:9、サービス業:6、医療・福祉業:8、その他:4であり、従業員数は50人未満:5、50-99人:7、100-299人:11、300人以上:4 であった。

考察手順

考察は、以下の手順によって行った。

  1. 訪問調査を行った各事業場について集約シート(資料4)を作成し、支援時の職場の診断8項目(2009年度に支援センターで用いられた記録表による)に対する判定と訪問聞き取りの結果による判定、さらに促進員と調査員の所見を集約した。
  2. 訪問聞き取りの結果により、対象事業場の支援利用後の取組みの全般的な進展状況、及び職場の診断項目のうち特定の項目について、大まかな区分による評価を試みた。(1)評価項目
    評価は、全般的な取組み状況及び、上記の職場の診断項目のうちの「心の健康づくり計画の策定」、「組織内体制の整備」、「教育・研修の実施」、「職場復帰支援」及び「衛生委員会での調査審議の徹底」の5項目について行った。なお、他の「事業場における実態の把握」と「職場環境等の把握と改善」及び「メンタル不調者の早期発見と適切な対応」については、支援時に判定に迷う場合も多かったこと、訪問調査でも面談者の回答についても相互に関連が深いこともあって個別には判断が困難であったことから、進展状況の評価項目から除外した。(2)評価方法
    評価は、調査結果をもとに、支援時の促進員を含む研究担当者の合議によって行い、支援後に支援センターを利用している場合はその記録も参照した。
    評価では、訪問調査及び支援後の支援センターの利用記録から進展が確認できると判断したものを「進展」等とした。したがって、訪問調査集約表(付表1)では、未実施などが確認されたものと十分な聞き取りができず、”不明”の意味で該当欄が空白になったものがある。
    進展状況の評価では、原則的に「大いに進展」(付表1では◎)と「進展」(同○)を区分した。判断基準等については、調査結果の項で述べるが、付表1の◎の内容は、評価項目ごとに異なり、「心の健康づくり計画の策定」と「教育・研修の実施」については、支援時点で行われていたものに*印を付している。
  3. 前項の評価結果に対して、改善や取組みの進展に関連していると思われる事項について、訪問時の促進員の記録及びその後の相談記録、また、研修実施時の講師の情報などを参照して検討した。調査研究の計画時点では、関連要因としてメンタルヘルス不調事例の有無、担当者の理解・意欲、組織内における担当者への組織的な安全衛生体制とその活動を課題としていたが、支援後の支援センター事業の利用状況を加えた。
  4. 支援方法について、一部の項目でメンタルヘルス対策の進展状況との関連を考察した。また、調査時の面談者の要望等に対する考察や支援者の所見等について考察した。

調査結果及び考察

支援利用後のメンタルヘルス対策の取組み状況

考察対象とした27事業場の支援後の取組状況を、表1に示した。取組みの改善・進展率は、支援時の「要改善」に対する割合としている。

全般的な取組み状況

全般的な取組みについては、「大いに進展」が9事業場(33.3%)、「一定の進展」が11事業場(40.7%)となり、74.0%の事業場でなんらかの改善・取組みの進展がみられた。進展が確認できなかった事業場は7事業場(25.9%)となった。

表1 支援利用後の取組み状況(対象事業場数 27)
評価項目 要改善 支援利用後の取組み状況
全般的取組み 27 大いに進展      9(33.3%)
一定の進展      11(40.7%)
 個別項目の取組み
心の健康づくり計画 26 進展あり       3(11.5%)
事業場内体制の整備
(窓口相談、担当者)
27 担当者の活動が活発  4(14.8%)
窓口の設置
/担当者の明確化   16(59.3%)
教育研修の実施 25 あり         13(52.0%)
職場復帰支援 27 組織的対応進展    4(14.8%)
個別対応進展     11(40.7%)
衛生委員会の審議 22* 審議・活用あり    13(59.1%)

*従業員50人未満の事業場を除く

職場の診断項目ごとの取組み状況

  1. 「心の健康づくり計画」を策定している事業場は1ヶ所であった。ほかに、研修をはじめメンタルヘルス対策に関する事項が安全衛生計画のなかで位置づけを得ている事業場が2ヶ所みられたが、これを加えても3ヶ所で、改善率は11.5%となる。
    心の健康づくり計画は、衛生委員会での審議やトップによる取組み宣言と一体となった対策の進展の中で策定されていくことが望ましい。しかし、聴取した事業場の中には、経営トップの積極的な指示や衛生委員会での審議を経て取組みが進んでいるにもかかわらず、メンタルヘルス指針のいう「計画の策定」は行われていない事業場がある。
    実体が伴わない形式的な計画策定には十分な配慮を要するが、事業場の取組状況によっては、さらに具体的な支援があってもよいと考えられる。たとえば、計画の骨格に関する具体的な案文等の提示なども考えてみたい。
  2. 「事業場内の体制整備」については、その内容として「相談窓口の設置」と「担当者の選任」を対象として評価した。なお、担当者については、支援時は「メンタルヘルス対策推進員」の選任を勧めたが、その名称にはこだわらずに、対策や相談、メンタルヘルス不調者への対応を担当している者とした。支援時の面談者は、すでに何らかの意味でのメンタルヘルス対策の担当者といえる。そこで、担当者の位置づけや役割が組織内でより明確になったと思われる場合に”進展あり”とした。また、不調事例への対応や組織内での予防対策への取組みについて、担当者の活動がとくに活発なもの(付表1の◎)をあげてみた。
    表1に示したように、窓口の設置、担当者の明確化の双方、あるいはどちらかに改善・取組みの進展がみられた事業場は20ヶ所(74.1%)となった。この中には、経営者自身を含む役員が相談窓口的役割をもち、不調事例発生時の対応を行っていて、支援後、その立場が明確になってきたものも含まれる。また、4事業場を「担当者の活動が活発」と判断した。
    “進展”とした中に、「担当者」や「相談窓口」の設置・選任にとどまっていて、その後の取組み方に迷っている事業場もみられた。たとえば、相談窓口を設置したが、その活用についてどうしたらよいか分からないといったものである。窓口が人事労務部署に置かれることが多く、あらためて周知を行うことが少ないのではないかとの印象も受けた。
    窓口の次のステップへの支援が必要であり、従業員への周知方法と利用されやすい窓口のあり方、また、窓口を利用することが当たり前として受け止められている職場環境にするはどうするか、といったことが課題になる。
  3. 「教育・研修」は、13事業場(52.0%)で実施されていた。独自に企画することが困難な事業場が、各種研修会に担当者だけでなく従業員が参加する機会を積極的に提供している場合は”実施あり”としている。
    実施例の中には、明確な方針の下に年間計画の中で位置づけられているものや、管理・監督者研修が別個に実施されているものもみられ、安全衛生委員会メンバーへの研修が全般的な取組みの進展に効果的であったと思われる事業場もあった。また、不調事例の発生に伴って研修が実施されたことで、”何かあれば相談すればよい”、”メンタルヘルス問題は特別なことではない”という意識の共有や、”不調者にどう接するか不安だったが、研修で分かった”などの理解が大きく進んだことがうかがえた例もあった。
    今回の対象事業場では、産業医など事業場内スタッフによる実施例が少なかった。一方で、支援後担当者が産業カウンセラーの資格を取得し、トップの指示で積極的に職場ごとの研修を行っているという例もみられた。
  4. 「職場復帰支援」については、まず、担当者の個人的な対応でなく、所属部署の上司や複数のチームによるなどの”組織的な対応”となっているかに注目し、4事業場(14.8%)が該当すると判断した。また、担当者のみ、あるいは担当者主体の対応であるが、担当者が職場復帰に関する対応のポイントを把握し、意欲的に事例に対応していることがうかがわれるものを”個別対応の進展”が認められると判断した。これには11事業場(40.7%)が該当した。両者を合わせてなんらかの進展がみられた事業場が55.5%となるが、面接時の応対などで調査者の判断が異なるものになった可能性もある。支援においては、「マニュアルの作成」を助言事項としていたが、整備された事業場は少なく、作成中あるいは今後作成予定であるとの回答も多くなかった。支援後、モデルの提示を依頼され、許可を得て県内の先進例のマニュアルを提供した例があったが、今回の聞き取り調査時にもそうした依頼を受ける例があった。事業場の実態に合ったマニュアル作成になるための配慮を加えた上での提供は、有効と思われる。
  5. 「衛生委員会での調査審議の徹底」については、50人未満の事業場を除く22事業場のうち13事業場(59.1%)で議題となっていた。なお、小規模の分散事業場を持つ法人で医療安全委員会を活用しているという回答があり、”進展あり”とした。また、2事業場では委員に対する研修が実施されていた。
    衛生委員会については、訪問支援をきっかけとして衛生委員会が設置され、安全衛生管理体制の整備と一体化して取組まれた事業場があった。また、メンタルヘルス対策の進展において、その機能が大きな役割を果たしたと思われる例もあるが、今回は調査審議内容の詳細について十分な聞き取りができなかった。取組みが進展した事業場で衛生委員会が果たしている役割を具体的に把握することは、支援における具体的な助言内容を検討する上でも重要であり、今後の課題としたい。

取組みの改善・進展に関連する要因について

メンタルヘルス対策の改善や取組みの進展に関連した要因を検討し、事業場における不調者の経験の有無、担当者の理解・意欲、担当者の活動を支える担当部局・上司の理解を重要と考えた。また、支援当初から、事業場の安全衛生管理体制の状況が、支援内容に大きな影響をもつことが課題となっていた。以下、それらについて、検討しておきたい。

不調事例の経験について

支援時、事例の経験をしている事業場では、支援がより積極的に受け入れられているとの印象が強かった。そこで、事例経験と取組みの進展との関連を検討するため、事例の有無別に全般的な取組みと教育・研修の実施、職場復帰支援の進展状況をみた。
不調事例の経験については、支援時事例の経験があった事業場は18ヶ所(66.7%)であった。支援後不調事例が発生した事業場が2ヶ所(7.4%)にみられており、事例の経験がないものが7ヶ所(25.9%)である。これらと取組みの進展状況の検討結果を表2に示した。

表2 事例経験の有無と取組みの進展状況
事例の経験 全般 教育・研修 職場復帰支援
大いに
進展
進展 その他 あり その他 大いに
進展
進展 その他
あり(20事業場) 7(1) 7 6(1) 9 9 4(1) 10(1) 6
なし(7事業場) 2 4 1 4 3 0 1 6

( )は、支援時不調事例経験がなく、支援後事例が発生した事業場数(再掲)
「全般的な取組み」については、「大いに進展」あるいは「進展」は不調事例の経験あり群では20事業場中14ヶ所(70.0%)、経験なし群では7事業場中6事業場(85.7%)となり、むしろ経験なし群で取組みが進展していた。しかし、経験あり群で「その他」に分類した6事業場の中には、支援時にすでにいくつかの項目での取組みがあったが、「要改善」項目での進展が確認できなかった3ヶ所が含まれている。したがって、これらを除くと、経験あり群の「大いに進展」が41.2%(7/17事業場)で、経験なし群の28.6%に比べてやや高率であるが、両群に大きな差があるとはいえない。調査計画時の想定と異なる結果になった。
また、「教育・研修の実施」についても、両群ともほぼ半数で差がみられなかった。
一方、「職場復帰支援」については、事例経験のある事業場の「その他」には、すでに個別の取組みがあった事業場が含まれており、ほとんどの事業場で進展がみられたのに対して、事例経験のない6事業場では進展があると評価した事業場は1ヶ所のみであった。職場復帰については、事例がない場合に対応システムの構築等の動機付けが低くなることは十分に考えられ、想定どおりの結果となった。ただし、事例がないことが調査に対する抽象的な回答につながり、判断に影響を与えるというバイアスも考えられる。

担当者の理解・意欲について

支援時、担当者の意欲やメンタルヘルスに対する理解は、対策の取組みに影響する事項として意識された。しかし、調査結果の集約作業では、担当者の意欲・理解について消極的な判断となった事業場は2ヶ所となったため、取組みの進展との関連項目から除外することにした。
担当者の意欲、理解は、支援時の解説や助言、その後の学習や学習の機会、さらに、上司の意向等を含む組織内の動向や不調事例への対応によって変化する。支援者や調査員の印象が基盤になる要因であり、支援のあり方につながる検討を行うためには、より周到な研究計画が必要であろう。
なお、人事労務と密接に関わることから、小規模の事業場で経営トップやそれに近い立場の役員が担当している例がみられた。積極的にメンタルヘルスケアについての理解を深め、不調者への対応で適正な配置が行われていることが確認される例もあり、組織としての対応が直ちにできるというメリットを感じた。一方で、これらの担当者からは、“従業員からの早期の相談がない”、“対応が遅れる”といった課題もあげられた。中間的なラインの役割についての言及が少なく、従業員への教育や情報提供が不足していると思われる例も多かった。
また、小規模事業場では、担当者の理解が進み、担当者として役割が果たしやすい位置づけを得た場合、中規模事業場より対応におけるフットワークの軽さが利点と感じられる例もあった。従業員の顔と名前、また、職務態度や上司・同僚との関係など、さらには家族の状況などの情報を把握しやすいことが要因と思われる。

担当部署の上司・人事労務担当役員などの理解・課題の共有について

担当者の組織内での活動には、経営トップや所属部署上司等の理解や役割も取組み等の進展に大きく関わることを、支援センターの活動の中で観察してきた。そこで、訪問調査及び支援後の相談などでみられた所見により、「担当者の活動に対する組織的支持」の有無を判断し、取組みの進展状況との関連をみたいと考えた。“組織的支持あり”には、以下のような状況がみられるものを入れた。

  • 担当者の活動に対する担当部署の上司の理解や積極的な支援があるもの
  • 担当部署の同僚に課題や活動方法が共有されているもの
  • 企業トップあるいは担当役員の理解と支持があり、トップ等が自ら職場内で担当者を紹介するなど、位置づけが明示されたもの

組織的支持ありと判断された事業場は15ヶ所(55.6%)であった。表3のように、全般的取組みについては、そのうちの9ヶ所(60.0%)が「大いに進展」と判断され、他の6事業場もすべて「進展」であった。一方、組織的支持なし群では、12事業場中「大いに進展」はみられず「進展」が4ヶ所(33.3%)で、組織的支持あり群との間に大きな差がみられた。今回の考察では、「大いに進展」の判断基準として組織的な体制による取組みがあることを重要な要素としており、当然の結果ともいえる。しかし、今回の対象事業場でも、担当者の理解や意欲は向上したものの、上司等のサポートがなく、進展がみられない例がある。支援のあり方を考える上での重要な課題の一つといえる。

表3 担当者の活動に対する組織的支持の有無と取組みの進展
組織的支持 全般 教育・研修 職場復帰支援
大いに
進展
進展 その他 進展 その他 大いに
進展
進展 その他
あり(15事業場) 9 6 0 11 4 4 7 4
その他(12事業場) 0 4 8 2 10 0 5 7

「教育・研修の実施」についても、組織的支持あり群では15事業場中11ヶ所(73.3%)が「大いに進展」あるいは「進展」であったのに対して、なし群では12事業場中2ヶ所(16.7%)のみであった。教育・研修は、職場で比較的取組みやすいものとして助言してきたが、その実施のためにも組織的な対応体制の構築への働きかけが必要であることを示している。
「職場復帰支援」については、組織的支持あり群では、事例がなく職場復帰に向けての具体的な対応についての状況が評価しにくかった4事業場を除く11ヶ所(73.3%)は、いずれも「大いに進展」あるいは「進展」であった。一方、支持なし群では、12事業場中「進展」が5事業場(41.7%)であり、差がみられた。
なお、支援時の助言内容として「トップによるメンタルヘルス対策推進の宣言」を入れていた。聞き取りでは、宣言が行われたことが明確だった事業場は少なかったが、事業主がメンタルヘルス対策を積極的に推進することを職場で明示し、従業員に担当者を紹介した事業所では、確実にメンタルヘルス対策が進んでいると感じた。このようなトップの宣言は、方向性が定まり具体策を立てること、また、担当者自身の自己啓発にもつながると思われた。

安全衛生管理体制との関連について

支援の際、とくに製造業では、安全管理を中心に安全衛生管理体制が整備され、一定の活動が定着していることが感じられる事業場があり、その組織や日常活動に載せたメンタルヘルス対策を勧めることも多かった。
具体的には、担当者(メンタルヘルス対策推進者)としての衛生管理者の活用、衛生委員会での審議や年間計画の中での教育・研修の導入などがあげられる。たとえば、安全管理体制が整っている事業場で、衛生管理が難しいと感じているとの印象をもった例もあった。そこで、メンタルヘルス対策の一つとなる”声かけ”は、安全管理の朝の点呼時の状況把握に相当することを伝えることによって、メンタルヘルスは難しいものでなく日々の活動の中にある、出来るところから始めるという意識づけなど、担当者の意識の変革を図りたいと考えた。
今回の考察では、こうした支援が取組みの進展にどのようにつながったかを検討する資料がないが、支援にあたって状況を把握し、具体的な助言に生かすべき事項の一つと考える。
また、衛生管理者・産業医の選任や衛生管理委員会の開催など、労働安全衛生法で定められている事項が未実施で、支援に際して、メンタルヘルス対策とあわせてそれらの体制整備についても助言指導が求められた事業場があった。それらでは、事業者、あるいは総務担当役員などの取組みに向けての明確な意思が示されたものも多く、衛生管理体制の整備との一体的な推進でメンタルヘルス対策が大きく進展した。
事業場の規模や業種によっては、衛生管理体制や活動が活発でない場合も多い。その中で、メンタルヘルス対策は、規模や業種にかかわらず大きな課題となりつつあり、全般的な衛生管理体制を見直す契機となることを実感してきている。支援時の重要なポイントの一つと考える。

支援後の支援センター相談事業等の利用

今回の対象事業場のうち18事業場(66.7%)が、訪問支援後、支援センターの相談事業の利用、あるいは事業場内の研修講師の依頼があった。なお、研修依頼についても原則として担当者との面談による打合せを行っている。
支援後の支援センターの利用の有無別に取組みの進展状況をみた結果を表4に示した。

表4 訪問支援後の支援センターの利用と取組みの進展
支援後の利用 大いに進展 進展 その他
あり(18事業場) 8 8 2
なし(9事業場) 1 3 5

利用ありの事業場では18事業場中16事業場(88.9%)が進展と認められ、その半数が「大いに進展」であった。一方、利用なしでは、進展を認めた事業場が9事業場中4ヶ所(44.4%)で、差がみられた。
支援回数が多い事業場でより取組みが進展することは、当然のことといえる。また、考察作業において、相談記録等の情報が多いことが判断に影響した可能性もある。一方で、進展状況が確認できなかった事業場では、上司の理解がすすまず、取組みが進展しない中で取組みのあり方について相談してきたことで、利用ありとなった例もあった。
支援時に、その後の支援センターなど外部機関の利用につながる情報を適切に提供できるか、また、担当者のニーズに対応できる可能性をどのように伝えるかは、重要な課題といえる。

支援方法について

支援方法とメンタルヘルス対策の進展についての関連を考察することを研究課題の一つとした。支援時の事業場の状況に対する判断に基づく支援内容を類型化し、取組みの進展状況との関連をみたいと考えていたが、類型化にいたらず考察できなかった。考察の上で課題になった事項について触れておく。

支援内容

支援においては、事業場からとくに要望された事項は別にして、基本的事項として以下を考えた。

  • 「心の健康づくり指針」のパンフレットをもとに4つのケアの説明
  • 対策を進めるにあたっての工夫としてトップの宣言
    メンタルヘルス推進担当者の選任
    管理職に対する教育研修、従業員に対する教育研修
    (安全)衛生委員会の活用
  • 外部資源に関する情報の提供
    そのほか、職場の状況や面談者の要望によって
  • 職業性ストレス簡易調査票によるストレスチェックによる心の健康の気づきのすすめと情報の提供 など

実際の支援にあたっては、”できるところから始める”ことをとくに意識した。たとえば、「メンタルヘルスは難しい」と感じている事業場には、ポスターの掲示やリーフレットの配布など、簡単にできることから始めてほしいと伝えた。
事業場の組織的な対策では、比較的取り組みやすいものとして「担当者の設置と周知」と「研修の実施」(特に管理職や安全衛生委員会対象など)を重視した。
今回の調査で、「担当者・相談窓口」については取組みの進展している事業場が75.3%、「教育・研修の実施」は52.0%であった。研修の実施事業場が半数にとどまったことはやや意外な結果であったが、表3での結果のように、対策推進に向けての組織的な体制の有無が教育・研修の実施率に大きく関連している。経営陣が支援時の対応者であっても研修実施までに1年以上経過している事業場もあり、組織的な体制の整備には時間がかかることが多い。日常的業務の繁忙さが増している状況を考えると当然かもしれない。

支援前の打ち合わせ

支援センター事業による事業場への訪問を開始した当初、衛生委員会委員や複数の面談者への情報を提供する際、参加者の中にその会合の課題が共有されていないのではないかと思われる場合があった。そこで、訪問支援の要請を受けた場合、あらかじめ支援センターの相談日に担当者に来所してもらい、事業場のメンタルヘルスに関する状況を確認し、ほぼ1時間の支援内容について打合せを行うことを原則とした。
この打合せは、ほとんどの事業場から積極的な対応があり、支援者と担当者の課題の共有化に有効であった。担当者からメンタルヘルス対策の業務が事業場の中で認知されていないとの相談を受け、訪問支援では上司の同席を条件として日程調整を行った例もある。この事業場では、支援後、大幅に担当者の活動が進展した。
打合せができなかった支援としては、内容が研修の依頼や相談機関の紹介など、限定されたものが多かった。これらでは、支援後の相談事業などの利用が少ない事業場が多く、今回の調査でも「その他」の判断となったものが多かった。

面談の対象者

支援時、担当者のみでなく、担当部署の上司などと複数の関係者に面談した事業場があり、上司等の理解が得られたことが、その後の取組みにつながると感じた例があった。そこで、全般的な取組みとの関連をみたいと考えた。
支援時の面談者は、27事業場中15ヶ所(55.6%)が「複数」であり、直属の上司・担当役員等との組み合わせでなく、異なるセクションの各担当者、分散事業場の各責任者などの場合もあり、数名の関係者が参加した事業場もみられた。
全般的な取組みとの関係は、表5のように「複数」で取り組みが進展した事業場が多かった。しかし、「1人」に面談した事業場の「その他」には、経営層が担当者の事業場と、個別対応に良く取り組んでいるが支援後組織的な対応が進んでいないと判断した事業場の4ヶ所が含まれている。それらを考慮すると、差がみられたといえないかもしれない。
しかし、小規模の事業場ではあるが、同席によって上司の理解が深まってことで、担当者の役割が明確化され、職場での周知もすすみ、その活動が飛躍的に進展した事業場もあった。支援に際して検討すべきポイントの一つと考える。

表5 支援時の面談者数と全般的な取組みの進展状況(  ):%
面談者数 大いに進展 進展 その他
1人(12事業場) 3(25.0) 4(33.3) 5(41.7)
複数(15事業場) 6(40.0) 7(46.7) 2(13.3)

なお、支援面談時の説明・助言について対象者から受けた”手応え”についても、取組み進展との関係を検討してみた。面談時手応えを得たと判断した16事業場では、「大いに進展」あるいは「進展」が13ヶ所(81.3%)であり、一方、その他の11事業場では「大いに進展」あるいは「進展」が4ヶ所(36.4%)であった。この手応えにはさまざまな要素が関連すると思われるが、その後の取組みの進展を予測する一つの指標になると考えられる。手応えを感じたものの、取組みの進展がみられない事業場は、経営層やそれに近い関係者、あるいは限られた部署の事例対応を担っている関係者である1人のみと面談したものであった。

支援における課題

聞き取り調査における事業場の要望、あるいは支援のあり方の考察を通じて、前項までに触れていない事項が若干あり、それらについて簡単に述べる。

  1. 支援後のフォロー今回の訪問調査では、取組みの進展に関する調査項目に沿った聴取のほかに、担当者として困っていることや支援センター事業への要望を聞いた。
    その中で、事例の相談を受けたり、研修実施機関の紹介を依頼されるなど、今回の訪問が支援として機能した例もあった。また、訪問調査がメンタルヘルス対策の見直しのきっかけとなったという事業場があり、定期的なフォローへの要望もあった。
    担当者によっては、多忙な中で兼務の業務としてメンタルヘルスケアに関わっている場合もあり、取組みへの励ましなどの意味でも、支援後のフォローは有意義かもしれない。具体的な方法については検討を要するが、課題として考えたい。
  2. 面談者の課題の多様性今回の訪問調査で面談した担当者が、再度支援を求める課題や、対策を進める上で困難なことなどを聴取した。あげられた課題は、担当者自身のメンタルヘルス不調の病状や対応方法についての一層の理解をはじめ、事業場内に専門職がいないこと、人事労務担当者でない場合のそれらとの連携、プライバシーや個人情報の取り扱い、外部の相談窓口や研修機会の情報など、多岐にわたるものであった。その中で、担当者の理解そのものも、多様であることがうかがえた。
    各事業場のメンタルヘルス問題の現状や担当者等をめぐる状況でも異なるが、支援の内容がどのように受け止められたかについては、担当者によって大きく異なってくる可能性がある。
    このことは、翻って、支援そのものが面談者の置かれた状況や理解に沿ったものであることが課題となることを示している。面談対象者のもつ課題の把握、及びその課題に対応する資料の準備等についても一層の工夫が必要である。
  3. 支援対象事業場の特性の把握製造業を中心に、安全管理を含む既存の安全衛生管理体制の活用の重要性について前に述べたが、小売業などでは、顧客に対する従業員や笑顔、活気などの視点からメンタルヘルス問題の課題を説明すると、イメージすることが容易と感じた。
    その意味では、支援者の対象事業場の業態に関する理解、業種や規模、体制などに沿った支援がポイントとなる。そのために、支援者がメンタルヘルスケアだけでなく、衛生管理、さらには事業場の組織・事業等についての理解を深めていくことも、より効果的な支援を行う上で重要になると考えられる。
  4. 事業場内の担当者機能の継続性個別の不調事例に関する相談が主な支援内容であった事業場で、調査時においても、担当者への組織的なサポートが不明確で、”もし、この担当者が代わったら”を不安に感じた例があった。
    研修などは実施に伴って担当部署をはじめ、組織内での共有化が必然的に進む。しかし、メンタルヘルス不調者への対応や相談は、経験を積む特定の担当者の代替が困難になっていく状況も考えられる。
    これまでも支援の重要なポイントとしてきたが、あらためて、支援の目標として”担当者が代わっても継続できる体制づくり”を課題とすべきであることを確認した。今後の支援におけるチェック項目としたい。

おわりに

2008、2009両年度に支援センターの事業場訪問支援を利用した事業所のうちの35例を対象として、支援後のメンタルヘルス対策の取組状況について訪問面接調査を実施した。インタビューは31事業場で実施し、27事業場(調査対象の77.1%)の調査結果について、取組みの進展状況を評価し、進展に関連する要因について若干の数量的検討と考察を行った。
その過程を通じて、事業場におけるメンタルヘルス対策として、職場の組織的な取組みの重要性をあらためて確認した。当支援センターでは、2009年度発足当時の支援経験から、支援前の打合せ相談を活用し、訪問支援を組織的取組みの推進に向けたものとするよう努めてきた。今回の調査でその意義を再確認し、事業場の状況の把握、支援時の留意点について若干の所見が得られたと考える。
今後、これらの結果を生かした、支援対象事業場にとってより有用な支援を目指したい。そのために、支援内容の検討や支援技術の向上に加えて、対象事業場の課題を把握するための職場診断力も高める必要がある。
今回の調査では、数量的な検討ができなかった項目もあり、さらにチェックが望ましいと思われる項目もあった。また、時間的な制約のため十分な考察ができなかった事項もある。インタビューによって所見を得る難しさはあるが、日常的な支援の中で把握可能なことも多い。そのような視点を日々の支援やその記録の中でも持つことで、さらに考察資料を得ることもできると考えられる。今後の課題としたい。

資料

ご相談・ご要望を受け付けています。

ご利用時間:午前8時30分~午後5時15分(土・日曜日・祝祭日、年末年始除く)

PAGE TOP