調査研究結果

伝統的な中小地場産業への産業保健支援

2005年3月

主任研究者 高知産業保健推進センター所長   鈴木秀吉
共同研究者 高知産業保健推進センター相談員 甲田茂樹

はじめに

土佐打刃物は高知県の代表的な地場産業であるが、近年の生産工程の合理化や海外の安価な労働力を用いたコストダウンの影響により、その生産量は伸び悩んできた。土佐打刃物は伝統的な工法を受け継ぎ、職人気質が強く、仕事も親方から弟子への伝承という形で引き継がれるが、後継者のなり手も叙々に減り、打刃物従事者は高齢化してきてる。
土佐打刃物では鎌、包丁、鉈、柄鎌、鳶、斧、鍬、鋸などが生産されている。その製造工程は前工程(鋼・鉄づくり、鍛接、鍛造・整形)、中工程(荒研ぎ)、後工程(焼入れ・焼戻し、仕上げ、柄付け)に分けられるが、各工程において温熱、粉塵、騒音、化学物質など、労働衛生学的な危険有害要因が存在する(詳細は当日スライドにて供覧)。
高齢化している土佐打刃物業従事者は零細規模の家族経営者が多く、従来の労働行政の対象とならないケースが多く。そこで、本調査研究では、推進センターが中心となり保健所や市町村などの地域の保健資源と共同でこれら地域の伝統的な中小地場産業従事者へどのように産業保健活動を提供したらよいか、土佐打刃物健康調査の経験から報告する。

調査研究対象と方法

今回の調査研究は高知県土佐打刃物連合協同組合(組合とする)に協力を依頼し、加盟56事業所のうちで生産工程を有する41事業所を対象としたが、訪問調査中に協力を得られた非組合員の事業所も、調査研究の対象とした。
調査研究の内容は職場環境診断(環境診断とする)、作業環境測定(環境測定とする)、健康状態に関する問診(健康調査とする)、粉塵曝露対象者で希望者に実施した塵肺健診の四つからなる。
環境診断は、事前に訓練した保健所と市町村の保健スタッフらが、事業所の仕事を観察して温熱、粉塵、騒音などの有害要因の有無を判断し、防御・改善対策の実施状況をチェックした。
環境測定は職場の有害要因への曝露状況を把握するために作業環境測定士が実施したが、本稿では粉塵について報告する。粉塵は作業環境及び個人曝露を評価することを目的とし、大型グラインダーによる荒研ぎ作業を対象にして実施した。さらに、作業場の堆積粉塵中の遊離珪酸含有量をX線回折法によって評価した。
ついで、打刃物従事者の健康状態を把握するため、協力の得られた組合加盟の28事業所(68.3%)49名と非組合4事業所5名を対象に健康調査を面接法にて実施した。調査項目は個人属性、既往症・現病歴、職業歴及び作業内容、有害要因に関連した自覚症状等である。そして、打刃物製造工程の中でも極めて労働衛生上問題がある粉塵曝露に注目し、塵肺健診を実施した。本来であれば粉塵曝露者の健康管理は事業者責任で実施される必要があるが、多くが零細規模の家族経営であるため、ほとんど塵肺健診の経験がない。そこで、組合の呼びかけのもとで、高知県中央東保健所の協力を得て、組合員44名、非組合員5名に対して塵肺健診は実施した。

調査結果と考察

環境診断結果

42事業所を訪問した環境診断の結果からは、材料づくり・鍛造・整形の工程では高温、赤外線、騒音、粉塵、荒研ぎ工程は騒音と粉塵、焼入れ焼戻しでは高温、赤外線、騒音、仕上げ研磨は騒音と粉塵の有害要因が存在することが指摘された。高温・赤外線対策で、扇風機と遮熱ボードが多くの職場で導入されていたが、耐熱用保護服や遮光眼鏡はほとんどしようされていなかった。騒音に対する耳栓着用は半数以下、粉塵曝露の高い荒研ぎ作業での防塵マスク・局排装置の使用率は約半数に止まっていた。

環境測定結果

荒研ぎ作業時の粉塵環境を把握するために作業環境測定(n=9、0.03-2.78mg/m3、中央値0.84mg/m3)を実施したなお、X線回折法による10事業所の堆積粉塵中の遊離珪酸濃度は5%以下であったため、珪肺を想定した教養濃度を1.00mg/m3として、粉塵対策の有無で個人曝露濃度を比較検討した結果を表1に示したが、粉塵対策が実施されている事業所では有意に個人曝露量が少なかった。

表1 粉塵対策有無別に見た粉塵濃度(mg/m3
中央値 最小値 最大値 許容濃度
有(N=10) 0.44 0.26 1.12 10.0%
無(n=12) 1.38 0.63 8.89 75.5%

健康調査及び塵肺健診結果

健康調査を実施し得た54名(男性47名、女性7名)の平均年齢は59.2±13.0歳(29-81歳)、年齢分布は60歳未満25名、60歳以上29名であった。高齢群は若年群にくらべて呼吸器疾患、眼疾患、難聴などの作業関連疾患だけでなく、高血圧のような生活習慣病の有病率が高かった。打刃物作業で有害要因の有無別に自覚症状との関連を見ると、炉前作業と熱中症の症状、騒音曝露と耳鳴り等の症状、荒研ぎ作業と呼吸器系症状に関連が認められた。日頃の健康診断の受診は市町村の基本健康診査や人間ドックなどを定期的に受診している者が約8割いた。
塵肺健診を受診した49名中、荒研ぎ作業経験者41名の胸部X線を読影すると、25名に塵肺所見が存在し、呼吸機能検査(拘束性障害9名、閉塞性障害4名)等を併せて評価すると、塵肺管理区分1:16名(39.0%)、2:23名(56.1%)、3イと3ロが各1名(2.4%)であった。重症者の胸部のレントゲン写真の特徴は全肺野にわたって、サイズpからqの淡い粒状影が多数存在し、あきらかに珪肺の陰影とは異なる(当日スライドにて供覧)。作業環境測定における粉塵の遊離珪酸含有量の結果から、打刃物塵肺は鉄肺(ジデローシス)の可能性が高いのではないかという推測ができる。

まとめ

今回の調査研究事業より以下のことがわかった。

  1. 打刃物業は労働衛生的に高温・赤外線、騒音、粉塵などの危険有害要因が存在し、健康障害を引き起こす許容基準をいずれも超えていた。
  2. 打刃物業の中小零細企業群は家族経営の自営業が多く存在するため、既存の労働衛生行政による監督指導はほとんどなく、危険有害要因のリスク評価やその改善・対策の指導に大きな課題を有していた。
  3. 打刃物従事者には高齢者が多く、特有の作業関連疾病や様々な生活習慣病を抱えて働いており、粉塵曝露者の半数以上に塵肺所見が存在していた。粉塵の遊離珪酸含有率が低いことから、珪肺ではなく、鉄肺というタイプの塵肺であることが判明した。
  4. いくつかの打刃物業者の中には、自主的な改善や対策を施している職場もみられ、その効果も労働衛生学的に確認できた。これらの対策を組合を通じて加盟組合員に紹介するという機会を設けることで、他の事業場でも職場を改善していこうという取り組みが始まっている。

小規模事業場に関しては地域産業保健センターが健康相談などの産業保健サービスを提供すべきであるとされているが、管轄地域の事業場数が圧倒的に多いことや地域産業保健センターのマンパワー不足など、様々な課題を抱えているのが現状である。その意味では、今回のように、同業種組合を、窓口にして地域の小規模事業場にアプローチしていく手法は、効率的な産業保健支援を可能にすることを示唆している。労働行政や地域産業保健センターなどの産業保健資源だけでなく、地域の保健資源(保健所や市町村)と協力することで、作業管理・健康管理のような産業保健特有の保健活動だけでなく、生活習慣病の疾病管理や保健指導などを含めた、働く地域住民にとって効果的で連続性のある健康支援活動に発展する可能性がある。その際、様々な分野の専門家を相談員として抱えている産業保健推進センターが、産業保健や地域保健における様々な組織との調整を行い、地域の中小企業群への産業保健活動を支援する基盤づくりを進めていくことが重要であることを最後に強調しておきたい。

以上

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